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みんなの「じわもん」ブログ


こんな時期やからこそ、「じわもん」について…

2015/02/25 20:09
3月14日の北陸新幹線開業に絡めて、様々なメディアで「金沢」や「近江町市場」が取り上げられています。
それはそれで、非常に有難い事なんですが…
天下の「週刊ポスト」が、困ったことをやってくれましたねぇ…(-_-;)
グラビアの■ 金沢を食い尽くす北陸路 という企画なんですが
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その中に「近江町市場には、こうした「じわもん」と呼ばれる地物の食材が一堂に集まる。」とあります。
地元の食材を「じわもん」と呼んでるのは、駅の向こう側の茶色いお役所の方か、某地元紙ぐらいです。
ネイティブな金沢人は、地元の食材は「地物」とか「地ぃのもん」と呼びます。
「じわもん」は、魚屋さんなどでは「余り物」や「売れ残り」を指す言葉で、お客さんに売るような物ではないので、「じわもん」として自分の家で食する物のことです。
近江町市場で使われるような場合は、「おつかいもん(ギフト)」や「ごっつぉ(御馳走)」に対しての対義語で、お客様のために用いる物ではなく、自分の家で普通に食べるものを指す言葉です。

新幹線でおいでた方が魚屋さんの店先で「じわもん有りますか?」等と尋ねたら、
「ダラん事言うとんなま!うっちゃ、キットキトな魚しか置いてないわい!」と言われかねません。
「あんちゃん、じわもんにすっさけ何か割安の魚居っけ?」と言ったのが、適切な使い方です。
書き出すと長くなるので、この辺にしときますが、興味のある方は拙Blogの
「おもてなしは「じわもん」じゃマズイやろ…」
「「地物」のから見た「じわもん」の考察」
「チョッと気になる「じわもん」の使われ方…」
をお読み頂けると幸いです。

言葉の意味は時とともに移ろうものですが、守っていかなければならない「金沢弁」もあるはずです。
私は、「じわもん」もその一つだ思っています。
十分な精査もせずに、全国版週刊誌が知ったかぶりして方言を扱うことは、方言に対するレイプに等しいと思います。
出来ることなら、次週号に謝罪文の一つも載せて欲しいくらいに腹立たしい気分です…。
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おもてなしは「じわもん」じゃマズイやろ…

2014/02/26 23:59
さて、北陸新幹線の開業を一年後に控えて、地元も何かと盛り上がってますが、
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この先、どうも「じわもんでおもてなし」等といったフレーズも出て来そうな気配…(-_-;)

県のホームページには、「じわもん」についてこのように説明されていますが、

「じわもん」は、元来、八百屋や魚屋の売れ残りを自家用に回すとか、板場では素材の余りもんを賄いに回すとか、一般家庭では、普通に家族だけで食べるものなどを意味する言葉で、地元食材を表す言葉ではありません!
地元でとれた食材は、昔から「地物(じもの)」です。県外産は「えんじょもん(遠所物)」。

お客さんをおもてなしするのは、御馳走に由来する「ごっつぉ」。

だから、「じわもん」をふんだんに使ったおもてなし料理は、お客さんにお出しするにはふさわしくないとんでもない料理を意味すると思うのですがね…(-_-;)

鞍月あたりのあんかどもぁ、金沢弁もよう分からんとって、だらん事言い出したもんやわいや、どんならんわ…。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 0


「地物」のから見た「じわもん」の考察

2013/02/15 19:52
「じわもん」がいつから「地物」の同義語として使われるようになったのかは、使い始めた当事者ではないので定かではないが、少なくともこの時点までは2つの言葉は全く別のものだったと言うポイントが見つかったので、ここに紹介しようと思う。
なお、この考察に関しては、言語学的に云々と言うよりも、近江町市場 で商いをする八百屋(私の場合、正確には果物屋だが…)の視点から見たものであるということをご承知置き願いたい。

その問題のポイントとは、平成12年7月1日 JAS法改正により農産物の原産地表示が義務付けられた日である。
それに先立ち、3ヶ月ほど前から県の関係部署の職員の方々が、小売店等での法改正の周知徹底のために活動を始めたのであるが、それに対し真っ向から異を唱えた人物がいた。
それは、松下 良氏と共に「京野菜」と並び称される地域野菜「加賀野菜」の普及発展に尽力された小畑 文明氏である。
彼は、青果業界の師とも慕われた江澤 正平氏に師事し、野菜の氏素性=品種名と原産地を表示して販売するのは、八百屋としての最も基本であると叩きこまれていたから、原産地表示自体に反対したわけではなく、むしろ推進する立場をとっていたのであるが、彼が異を唱えたのはある1点についてである。
それは、何故「地物」という表記が認められないのか?ということである。
当時、私もその事についてよく彼と話をしたものである。

小畑 「今までず〜と地物で通してきて、わしらもお客さんも、ほれみて「えんじょもん=県外産」やと思うもんおらんやろ    し、石川産て書くより、地物の方がピンと来るやろ、恒夫、どう思う?」
安田 「文ちゃんの言うがも分かるけど、でかいがに地物って書いて、横にちっちゃても良いし金沢産とか能登産とかて    書いとけば法律的にはクリアできるやろうし、柔軟に対応すりゃいいがんないけ?」
小畑 「法律的にはほうかもしれんけど、わっしゃ納得いかん。地物は地物や!」

この件に関しては、2度ほど地方紙でも取り上げられたこともあるので、記憶に有る方もいらっしゃるかもしれない。
但し、その時見出しに使われた言葉は「地物」である。
役所に喧嘩を売るような、頭にクソのつくほど「いちがいもん」の彼の頭のなかに、仮に「じわもん」=「地物」と言う認識があったのであれば、彼は「地物とか じわもん やとだっちゃんがか?」と口にしたであろうが、原産地表示に関しては一度も「じわもん」とは口にしなかった。

かと言って、当時、彼が「じわもん」という言葉を使っていなかったかと言うとそうではなく、
「この菜っ葉、ちょっこ萎びて来たさけ、うち持ってってじわもんにすっかな…」とか、
買い物してくれたお客さんには、
「おっかっちゃん、これじわもんにして食べらんなら何とんないし、おまけであげるわいね」等とよく言っていた。
つまり、彼の中では、「地物」と「じわもん」は全く別の意味の言葉だったのである。

では、どうして彼は頑なに「地物」と言う表記にこだわったのであろうか?
恐らく彼は、八百屋の直感として、「地物」が意味するものは、単に地元でとれたものを表すだけでわないことを感じていたのではないだろうか?

ここで、「地物」について少し考えてみよう。
トラック輸送による流通が未発達だった頃、「市場」に集まるものといえば、金沢の近郊でとれた地物の野菜・果物と、貨車によって運ばれてくる県外産=遠所物(えんじょもん)とに大別されたはずである。
水産物においても、江戸前に対し「金沢前」と言ってもいいような金石辺りで上がった地物と、干物や塩物などのえんじょもんに大別されたはずである。
つまり、「地物」が意味するものは、地元でとれたものであると同時に、鮮度の良い物、新鮮な物、そしてその時期の旬の物であったのである。
特に地物の農産物に関しては、当時は露地栽培のものが主体だったので、まさに陽の光をいっぱいに浴びて育った旬の食材だったのである。
近江町市場の八百屋や魚屋の店頭には、誇らしげに「地物」と書かれた札がいくつも並んでいた。
「地物」とは、産地を示すと同時に、新鮮さや旬をお客さんにアピールする大切なファクターだったのだ。
「じわもん」と書かれた札など1枚も無かった事を付け加えておく。

「地物」の内包する意味合いはそう言ったものであるが、
地物の〇〇と、特定のものと結びつくと、お客さんにとっては、歳時記を形作る重要なアイテムとなって来るのである。
「えんじょもんもいいけど、やっぱり地物の筍はいっぺん食べとかんなん!」
「こぞくらや色付けにも飽いたし、底びき解禁になって地のまい魚食べれると思うと嬉しいなるわいね」
「ありゃ、早、地物の20世紀出たがけ?ほう言や来週は八幡さんのお祭りやねぇ…」
「私ゃ食べんでも、地物の香箱の初物は東京の息子んとこ送ってやらんなん!」
等など、例を挙げればきりがないほどに、金沢市民の生活と地物とは密接に結びついていたのである。
皆さんにも、そう言えばうちでも…と思い当たることが一つや二つ有るのではないだろうか?
このように「地物」は、金沢の食文化のみならず、ライフスタイルとも深い関わりを持ったものであることがお分かり頂けたかと思う。
トラック輸送の進歩とともに、「地物」も近郊の産物から、県内産の産物へ、そして、前日収穫で翌日に市場に並ぶのであれば県外産品も鮮度的には地物と遜色ないのでは…?と言う議論があることも確かである。
しかし、「身土不二」の言葉が示すように、人間はその土地で採れる旬の食材を食すのが、一番理に適っていると言われている。それに、地元の天候の具合などはある程度は把握出来ているので、作柄等の判断もしやすくなる。
「春先の寒さで、チョッと出遅れとっけど、ちょっこ温なったら、ぱぁ〜と出てくるわいね。」と言ったような会話で、お客さんとのコミュニケーションも図れるのである。
前出の小畑氏は、「地物」が内包するこのようなことに気付いていたために、頑ななまでに「地物」と言う表示にこだわったのであろう。

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画像がないのも寂しいので、ここらで一つ…^^;

さて、明らかに別の言葉であったはずの「じわもん」がどうして「地物」と同義語として使われるようになったのか…?
ここからは、あくまでも個人的な推論である事をお断りしておく。
平成十年代半ば頃から、「地域間競争の時代」が声高に叫ばれ、農産物や水産物においても「ブランド化」や「差別化」による地元産品の育成や高収益化を目指す動きが出てくる。
それに並行して、「地産地消」運動を通しての消費拡大を目指す動きも盛んになってくる。
そこで必要とされたのが、具体的なキャッチコピーであったと思われる。
では、どうして「地物」ではなく「じわもん」がピックアップされたのであろう?
恐らく、「地物」では地域としての独自性が打ち出せないと判断したのであろう。
「じわもん」は方言であるし、最近の若い世代の間ではあまり使われなくなってきているから、本来の意味を知るものも少ないのかもしれない。そこで、「地場物」が転じたものであるということにすれば、「地物」」を意味するものとして使えるかもしれないとでも思ったのであろうか?
しかし、考えてみて欲しい。先に述べたように「地物」と言う素晴らしい言葉使っているものが、果たして「地場産業」の親戚みたいな「地場物」などと言うであろうか?
地域的に言葉を簡略化してしまう傾向があるのに、「地物のキュウリ」を「地のキュウリ」と言うことはあっても、「地場物のキュウリ」などと言うことは絶対に有り得ないはずである。
であるから、「地場物」が転じたという説には、疑問符が山ほどつくのである。
どこかのコンサルか広告代理店が、「ではこのプロジェクトは『じわもん』で行きましょうか?」などとプレゼンしたのであろうか?
いずれにせよ、ろくに調べもせずに言い出す方も言い出す方なら、内容を精査せずに採用する方も採用する方である。
内容の違いを分かっていながらも、確信犯的に行ったとすれば尚更質が悪い。
せめて、使用に際しては、『「じわもん」本来の意味とは異なりますが、ここでは「地元農産物」を表す言葉として使用しています』ぐらいの断り書きでも添えてあれば、多少は理解を示したくもなるのであるが…。

じわもんライフとは?
豊かな自然と変化に富んだ気候、奥深い食文化が魅力の石川県。
そんな石川県の「食」をささえる農業が、従事者の2人に1人は65歳以上、
従事している人の数も47都道府県中43位(農林水産省公表データ H21年)という現状を知っていますか?
また、石川県で作られている農産物のことをどれだけ知っているでしょう。
旬はいつなのか、どんなこだわりを持って作られているのか...。
じわもん(地元で作られた野菜や果物・お米)には、
安心・新鮮だけではない魅力や特徴、そして作り手の想いがあります。
それらを知って、おいしくいただくことが、石川の農業の応援となり
ふるさとの元気にもつながるのです。

上記は「じわもんライフ」からの抜粋である。
「じわもん」自体に関する説明は、アンダーラインを入れた部分のみである。
本来なら、
「じわもん」とは?
じわもん は、元々家庭で慎ましく食する料理や、それに使う食材を指す言葉ですが、このプロジェクトに関しては、石川の農業を応援するという観点から、地元で作られた野菜や果物・お米を表す「愛称」として「じわもん」を使用しています。云々…
と言った1項があって然るべきなのではないかと思う訳である。
以前、こういった点に関して、サイトを運営する事務局のトップにその様な旨を申し伝えたが、その後音沙汰は無い。
私も、農産物を生業とする者の端くれとして、石川の農業振興に関して異を唱えるつもりは毛頭無いし、むしろ積極的に応援出来ればと考えている。
だから、プロジェクトそのものに反対なのではなく、そのタイトルとなっている「じわもん」という言葉の扱いの無神経さに腹を立てているのである。

実際に「じわもん」が従来の意味で使われているエリアが、金沢市のど真ん中に在るにもかかわらず、役所主導で「今日から『じわもん』は「地物」の意味で使いますよ」と突然言われたようなもんである。
言葉は、誤用が本来の意味に取って代わることは往々にして在ることだから、そんなに目くじら立てまさんな!と言う方もあるだろうが、「地物」と「じわもん」が持つ言葉の文化的な側面が踏みにじられたようで、どうも納得出来ないのである。
かつて、地方紙で「じわもん」に関しての連載記事が掲載されたこともあった。
その中で、某クッキングスクールの方は、「じわもん」の本来の意味に言及しつつも、最終的にはぼかしたようなコメントをされていた。それが、何か釈然としないものを感じさせた。

最後におさらい…
「じわもん」とは、産地を指し示す言葉でなく、使い道・用途を指し示す言葉である。
対義語は「ごっつぉ(御馳走)」「おつかいもん(いわゆるギフト)」
「地物」の対義語は「えんじょもん(遠所物=県外物)」である。

以前に書いた、こちらもお読み頂けると光栄である。
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チョッと気になる「じわもん」の使われ方…

2011/06/14 22:05
最近、金沢弁の「じわもん」の使われ方が気になって仕方がない。
言葉と言うものは生き物だから、時代に合わせて変わっていくのも仕方ないとは思うけど、
その原因が、某地方紙あたりの間違った使い方に起因しているとしたら、金沢人としては看過できない。

近江町市場のうなぎ屋さんの宮村君のブログにもあるように、「じわもん」とは本来、自分の家でふつうに食べる物を指していた言葉である。
それが、どこでどう間違ったのか、「じわもん」=「地物(じもの)」みたいな使い方をされるようになり、
それが大手を振ってまかり通るようになってしまったから、性質が悪い。
普通に家庭で食べるものであるから、当然、近郊で採れる地物の野菜や、金石で水揚げされた地物の魚を使っていたのは間違いないであろうし、わざわざ県外から入ってくる高価な産品を使う事も少なかったのは確かであろう。
しかし、だからと言って、「じわもん」=「地物」ではない!

ある説によれば、「自椀物」が訛って「じわもん」になった…とも言われている。

普通に金沢の人は、地物は地物と言う。
会話の中では、「あんちゃん、これ地(じぃ)のがか?」などと言ったりするが、じわもんか?などとは言わない。
「じわもん」は、あくまでもその食材の用途に対する言葉である。

では、対義語で考えてみよう。
「地(じ・じぃ)」には、「遠所(えんじょ)」
「地物」には、「遠所物(えんじょもん)」 (遠所者(えんじょもん)はよそ者を意味します)

「じわもん」には、「ごっつぉ(御馳走)」・「おつかいもん(贈答品)」となるはずです。

こんな場合はどうでしょうか…?
変なマスコミに毒されていない流暢な金沢弁をお使いになる年配の紳士が、お客様をもてなすために料亭に行ったとします。
そこで女将が、
「今夜は、じわもんをふんだんに使ったお料理をご用意させて頂きました…」などと言ったとしたら、
その紳士は、
「大事なお客様をおもてなしするのに、じわもんを使った料理とは何たる侮辱。料理長を呼べ!」と言う事になりはしないでしょうか…

私の推測ではありますが、
金沢弁を十分に理解していない某地方紙の担当者が、
金沢で言う「地物」=「地場の物」、「地場の物」=「じばもん」
で、音が似ているので内容を十分吟味せぬまま「じばもん」=「じわもん」
つまりは、「地物」=「じわもん」と勘違いして使い始めたのではないでしょうか…
それを指摘できなかった、上司の方々にも問題はあるとは思いますが、
それで、金沢の食文化の一面が歪んだ形で後世に伝えられていくのが、何とも心苦しい思いがします。

余談ではありますが、こんなシーンはどうでしょう…?
近江町市場の仲間内の忘年会だと思って下さい。
O:「何か、漬けもん食べたぁなったぞいね。Sちゃん、何かないけ?」
S:「じわもんにしょうと思て漬けたん有るけど、ほんなんでもいいけ?」
O:「ほんなんで、たくさんやわいね。何か出してぇまん。」
S:「ほんなら、こんなんでいかったら食んまっし(たんまっし)」
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O:「Sちゃん、こっれうめぇぞいや!かっ、ごっつぉやわ!たっだ、うめぇし…(^^♪」

こんな会話のニュアンスが理解できますか?
「金沢弁の基礎知識」も持ち合わせない似非文化人の方々は・・・
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 9 / トラックバック 3 / コメント 0


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